さすらいの二人

原題：the passenger
監督：ミケランジェロ・アントニオーニ
製作： カルロ・ポンティ
脚本： ミケランジェロ・アントニオーニ 、マーク・ペプロー、ペーター・ワレン
撮影： ルチアーノ・トヴォリ
音楽： イヴァン・ヴァンドール
上映時間 124分
製作国 イタリア／フランス／スペイン
製作年：１９７５
出演： ジャック・ニコルソン、マリア・シュナイダー、イアン・ヘンドリー 、ジェニー・ラナカー

映画は報道のために戦争を探す男の描写で始まります。デヴィッド・ロック（ジャック・ニコルソン）は著名なテレビ記者。北アフリカで起こっている内乱を求めて砂漠を彷徨っていますが、時間ばかりが過ぎるだけで収穫はありません。戦争記者が戦争を見失う皮肉なジョークです。デヴィッドは自分の人生が行き詰まったと感じていました。あらゆる状況や経験を同じ記号に置き換えて順応してしまう、いくら足掻いても勝手に作ってしまった習慣から抜け出すことが出来ない毎日。ほとんど音楽も説明もなく、映像だけで物語は進みます。アントニオーニ監督は俳優を単に映像的風景の中の一要素として扱っています。

デヴィッドは言います。「すべてから逃げたかった。妻、家、養子の子供、仕事の名声、直らない悪癖以外のすべてから逃げたい」

砂漠のホテルの隣室には、デヴィッドによく似た男が泊まっていました。男は各国を巡っているビジネスマンだと語ります。たまたま、その男の死に出くわしたデヴィッドは、彼になりすます事を思いつき、服と部屋とパソポートと人生を入れ替えたのです。すべてを淡々とこなすデヴィッド。人間は予期せぬ事件に遭遇しても、周りに人がいないと反応を見せないものなのでしょうか。



デヴィッドがなりすました男は武器商人でした。戦争を見失った男が手に入れた他人の人生は、なぜかまた、戦争に関わるもの。本作は政治についての考察が随所に見られます。当時の世界に満ちていた悲劇・・・・ベトナム戦争があり、アフリカは燃え、南米には独裁者がいました。本物のドキュメンタリー映像も挿入されています。ナイジェリア（？）での公開処刑の模様は相当ショッキングです。

旅の途中に出会った新しい恋人に聞かせた寓話「目が見えない男が手術によって視力を取り戻した時、始めて見る人の顔、色彩、風景に有頂天になったが、やがて悟るんだ。世界は想像していたより貧相だと。いかに埃まみでか、どれほど醜いか・・・。男は闇の中で生活し３年後に自殺した」視力を取り戻した人は醜さを恐れる。知識とは何か、私たちは何を知り何を知らないのか。デヴィッドが気づいた表層と真実の違い。

ラストの７分に及ぶ長まわしのシーンでは音が重要な要素となっています。銃声、ドアが閉まる音、サイレン・・・これらからデヴィッドが殺されたことが推測できます。遺体の側に立つふたりの女。警察官の問いに、妻は彼を知らないと言い、新しい恋人は知っていると答える・・・・。

アントニオーニ 監督は個性的で謎めいた映画を作るそうです。視覚的効果にこだわるあまり、観客は置いてきぼり（汗）。象徴的な映像を挿入し、時の流れを崩壊させ、回想シーンは誰の頭に浮かんだものかを曖昧にし、筋書きよりも感覚を重視しています。観客の理解を助けるダイアローグもほとんどありません。手が込んでいることは分かりますが、掴みどころのない映画です（笑）。