浄照寺の住職とその家族を紹介します。住職は、坊主頭もりりしい着物の似合う43歳。趣味はお酒を飲む事ですが、けっして人にはからみません(お酒は楽しく飲みましょう)。出身は福井県福井市の浄土真宗本願寺派のお寺で、3人姉兄の末っ子として生まれました。子どもの頃は、よくお兄さんにいじめられたものでした。だから弱い人の心は良く解るように成りました(お兄さん有り難う)。お父さんは13歳の時にお酒の飲みすぎがたたって膵臓ガンで亡くなりました(早くからいのちの大切さを教えてくれたお父さん有り難うございました)。お母さんは健在です(それだけで有り難いです)。これだけではありませんが、様々な方から有り難うをいただいて私はお坊さんに成らせていただきました。
坊守(お寺の奥さん)は、親しみやすい丸顔が持ち味というハナの35歳(浄照寺限定)。毎日が子育て奮闘中ですが、楽しい育児を心がけていますので、疲れなんかはまったく知りません。出身は長崎県五島列島の浄土真宗本願寺派のお寺の次女です。もし、五島の方がいらっしゃったらお便り下さい、お友達になりましょう。
最後に登場が浄照寺のアイドル、れん君、あかりちゃん、けい君です。れん君は、親鸞さまと同じ誕生日に生まれた元気な男の子です。あかりちゃんは、お母さんに負けないぐらい顔も身体もまん丸のかわいい女の子です。けい君は一番年下の甘えん坊です。お参りにみえた方がたから自分の孫のように可愛がられている幸せ者の三人です。
以上が浄照寺の寺族です、これから宜しくお願いします。
坊守(お寺の奥さん)日誌
「お育てのこころ」
以前この浄照寺通信の中で、長男がまだ赤ちゃんの時に、「まんまんちゃん、しようね」というと、私たちと一緒にほとけ様の方に向かって小さい手を合わせてくれるということを書かせていただきましたが、憶えていらっしゃるでしょうか。あれからもう五年の歳月が流れました。今はその時の長男が6歳でその後生まれた長女が4歳、その下に1歳7ヶ月の次男とずい分賑やかになりました。家中が片付く暇なくひっくり返り、毎日だれかがケンカして泣いているような状況です。そんなある晩のこと、いつものようにケンカをし始めましたので、「いい加減にもう寝なさい」と少しきつめに言いました。すると、大急ぎで「おやすみなさい」と声をそろえて一旦寝床に飛び込んだ子どもたちでしたが、すぐさま起き上がり忘れ物をしたといって食堂にかけていきました。そして食堂にあるお仏壇(我が家にはお仏壇が三つあり、食堂にも小さいものが供えてあります。)に手を合わせ、長男の蓮が「ほとけ様おやすみなさい」、長女のあかりが「ほとけ様もう悪いことはしません、いい子になります」、末っ子の慧が「まんまんちゃん」と続けるのです。いずれも子どもが自ら進んでしたことなので、これにはびっくりです。今では、「ほとけ様、おはようございます・行ってきます・ただいま・おやすみなさい」と、私たちが見ていない所でもご挨拶できるようになりました。あんなにケンカしていても、ほとけ様へのご挨拶で仲直り、「ほとけ様、いつも私たちを見守って下さって、ありがとうございます」
「まんまんちゃん」に育てられた心の成長に感謝して、お礼を申させていただきました
「一緒に遊ぼうよ」(平成14年6月UP)
寺の住職一家には、三歳の男子と一歳になったばかりの女子の二人の子どもがいます。やんちゃ盛りの二人は家の中では好き勝手のしたい放題です。まるでそれが仕事のように、私たちが片付けても散らかすの繰り返しで私たちは本当に手を焼いておりました。そんな状況でしたが、最近はようやくお兄ちゃんのほうがこちらの言うことを聞いてくれるようになりました。そんなある日、息子に「お兄ちゃんなんだから、妹のアーちゃんとも遊んであげなさい」と言うと、ひとりおもちゃで遊んでいた息子は今まで遊んでいたおもちゃを持って妹のアーちゃんに誘いをかけます。「一緒に遊ぼうよ」....。でも、ハイハイがやっとのアーちゃんはお兄ちゃんのおもちゃでは難しくて一緒に遊ぶことが出来ません。しばらく考えていた息子でしたが、何か思いついたように今度はおもむろに自分がハイハイをしだしました。「アーちゃん、ぶーぶー」廊下を二人の子どもが並んで仲良くハイハイしながらとなりの布団部屋に消えていきました。となりの部屋からきゃっきゃっという二人で遊ぶ大きな笑い声が聞こえてきました。
年齢の違う子どもが一緒に遊ぶという姿から、このとき私が学んだことは、人と人とが支えあい共に生きるということの本当の意味です。人にはそれぞれ大きさが違うとか形が違うとかという個性が存在しますが、それらを能力という価値で判断するとそのものの優劣というものが位置付けられます。そしてそのものの優劣が自分にとって都合がいいか悪いかでそのものの上下や善悪を決めつけてしまいます。世間一般の価値判断とはたいていこういう構造からなっています。こういう事で上になるものが下になるものを支配したり、善なるものが悪なるものを無意味に責めたりする事はそう珍しい事ではないでしょう。私たちには、他人と同じ目線で物事を考えるということがなかなか出来ないのです。先程の子ども同士の遊びの例で、ハイハイしか出来ないアーちゃんに、高度なおもちゃを使いお兄ちゃんと同じように出来たら遊んであげるという立場からは、一緒に遊ぶということは成立しませんでした。現実には、子ども社会に限らず能力のある方がない方を助けてあげるという構図になるのでしょうが、もし私がやってあげたんだという慢心の心が出てきたら子どもの様に一緒に笑うということは出来ないでしょう。 人と人とが支えあい共に生きることの難しさがここにあります。
つい最近、ワールドカップの影響でしょうか、韓国人と日本人の意識調査でこういう結果が出ておりました。それは現役引退後はどういう生活をしたいですかという質問に、韓国人は、地域の友人たちとの交わりを楽しみたいという答えに対し、日本人は、勝手気ままに好きなことを一人で楽しみたいというものでした。あなたはどのように受け取られたでしょうか。
「親の心配、仏の願い」 (平成13年12月5日)
我が家には、二人の子供がおります。長男の蓮は最近保育園に通いだし、長女あかりは寝返りを打つ様になりました。
子供は風邪をひきながら強くなっていくといいますが、まだ二歳の蓮でも生まれてから何回風邪をひいたことでしょう。風邪は鼻水、咳から始まり、熱が出て元気がなくなります。そうすると食事も取れなくて看病しているこちらはとても心配になります。私は六人兄弟の四番目ですが、亡くなった父が「家にはたくさん子供がいるが、病気の子や出来の悪い子ほど親は心配するものだ」と常々言っておりました。そこでふと気づいたのは、まことにずうずうしいんですが、阿弥陀様の気持ちってこんな感じって事でした。
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや(歎異抄の一節)」
(現代語解説・・・善人でさえ往生することが出来るのです。まして悪人はいうまでもありません)
阿弥陀様の救いの目当ては悪人であるという浄土真宗の悪人正機説を私流に言い換えると、強い子(善人)は放っておいても何とかなりますが弱い子(悪人)ほど心配で放っておくことはできません。病気の子供を放っておく親がいないのと同じことです。一刻も早く元気になって欲しいと願うのは当然だと思います。心配を重ねるわが子を見ながら、仏様の願いもきっとこんな願いなのだろうなと思うのです。
*浄土真宗の悪人正機説・・・・・この場合の善悪は倫理的な善悪を差すのではなく、善人は自己の抱える煩悩を自制し、自分で解決出来ると思っている人、悪人はその反対で自己の抱える煩悩に振り回され、又そのことを深く自覚している人を意味します
「ようこそ、あかりちゃん」 (平成13年7月1日)
六月十四日、元気な産声と共に我が家にかわいい女の子が誕生しました。名前は「あかり」ちゃんといいます。住職はあかり誕生にもう将来のことを語る毎日です。私は新生児期の赤ちゃんの手足ってこんなに小さかったかしらと新鮮な気持ちで育児を楽しむ毎日です。
さて、ちょうど二年前に蓮君が誕生した時、私は赤ちゃん日記をつけておりまして、お祝いの寄せ書きをみんなに書いてもらいました。多くが「おめでとう」と書いてある中で私の兄は、「れん君の生まれた世界は楽しさと悲しさと半分ずつあるそうだ。きっと仏さまがそうしてくれたのかな。楽しいことはみんなで分けあって、悲しいこともみんなで分けあって、みんな助けあって生きるようになっているのかな。そんな世界へようこそ、れん君」と、お祝いにしてはなんて内容だろうと思ったものでした。でも、子供が大きくなるにつれて、なんとなくこう書いてくれた意味がわかってきました。生きている中で本当に辛いことや悲しいことに出会ったとき、助けてくれるひとがいる。人と人との多くの巡り会いの中でそのことに気づいてほしい。そして、助けてあげれるひとになって欲しい。この子にも、あの子にも、そしてあのひとにも。
「お誕生日、おめでとう」 (平成13年4月1日)
毎年五月二十一日は、親鸞聖人のお生坊守日誌まれになった日を祝う宗祖降誕会法要が西本願寺で行われます。飛雲閣でのお茶席や北能舞台(どちらも国宝)では祝賀能が開かれ、大勢の方が見学にこられます。また、全国各地の二千人余りの幼稚園児や保護者、先生方が集うお祝いの会が開かれ境内は子供たちの声でとても賑わいます。五月二十一日生まれの園児が代表で、「親鸞さま、お誕生日おめでとうございます。私たちも良い子になることを誓います」とお祝いの言葉を述べる姿は、とてもほほえましい光景です。誕生日を祝うということは、同時に人間に生まれさせていただいた事を喜ぶという大切なことにつながります。もし、私の両親が人間でなかったら私は今ごろ何かの動物の世界で弱肉強食の世界を送っていたかもしれません。また、自分の子供にも同じ事が言えるでしょう。人間に生まれさせていただいたからこそ、こうして仏さまのお話が聞かせていただけるのです。「目の見える人間は、見えるという幸福を知らずにいる」視力と同じで自分の享受している幸福に慣れている人は、その有り難さがわからない。自分のもっているものの価値を正しく認識することが大切であるという意味です。人は年をとると、自分の誕生日を祝われることがいやになりがちですが、本当は人間に生まれさせていただいて有り難うと感謝させていただかなければならないようです。
「お浄土からの父コール」 (平成12年8月29日)
「耳を澄ますと亡き人の思いが聞こえる」という浄照寺カレンダーの八の月の言葉のように、毎年お盆を迎える時期になると、その思いは普段より一層強まるような気がします。
私の父は八年前に亡くなりましたが、その当時、わたしは京都のご本山に勤務しておりました。休みの日には必ずといっていいほど故郷である長崎五島の父から電話がかかってきたものです。内容は「ご本山には真面目に勤めておるのか?」とか「なぜ年頃の娘が休みの日に一人でおるのか?」とか・・・。そんなちょっぴりおせっかいな父が急に亡くなって、わたしを心配する電話がかかってこなくなった時、変に拍子抜けした事を憶えています。そんな時、わたしは「あぁ、久しぶりにお父さんと話がしたいなぁ、電話かかってこないかなぁ」なんて思ったものです。
お浄土(仏さまの住処)は、とても遠い処にあると父が亡くなった当時は思っていましたが、ある法話会の時、実はそうでは無いということに気づかされました。いつも何処かで見ていて下さり、いつも何かを教えてくださる方が仏さまであるというのです。わたしがもしこれからの人生において間違いを起こしそうになったらすぐさま私の胸の中に父からのお浄土コールがかかってくるのではないでしょうか。いつもわたしの事を心配してくれていた父でしたから・・・。
「浄土真宗の人は、皆お同行」 (平成12年7月20日)
去る六月三日(土)、待ちに待ったお同行会発足式が執り行われました。お同行会の皆さまには、お忙しい中お参りくださいましてどうも有り難うございました。
さて、お同行という呼び方は住職の故郷、福井県で使われています。実際に使われているのをはじめて耳にした時、なんて温かみのある、そして親しみの湧く言葉だろうと思いました。お同行とは、その字のまんま「同じく行く」、つまり阿弥陀如来の信心をいただく者は皆、同じ道を歩むという意味です。ですから、住職も私も皆さまも上下差別無く、皆同じ仲間のお同行であります。
お同行会に入会してくださった方もそうでない方も皆、仏さまのご縁に遇わせて頂く仲間はすべてお同行です。お同行の皆さま、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
「まんまんちゃん」 (平成12年4月17日)
赤ちゃん言葉で「まんまんちゃん」という言葉があります。これは恐らく「拝む」という行為を指すものだと思われますが、我が家の新発意(お寺の長男)は、住職にこれを毎日教えこまれ「蓮くん、まんまんちゃんしなさい」と言うと両手をぺちぺちと合わせるところまで出来るようになりました(偶然のほうが多いのですが)。
「まんまんちゃん」も昔はよく使われていたようですが、今の若いお母さんたちの間ではあまり使われていないようです。確かに言葉も話せない赤ちゃんには残念ながら意味は理解できないでしょう。でも、その場の空気は言葉の理解できない赤ちゃんでも敏感に察することが出来るのです。夫婦げんかしている大人の中に赤ちゃんをつれていくと自分がしかられているのではなくても泣き出してしまいます。また、赤ちやんにごはんを食べさせている途中、大人がテレビによそ見しているとたちまち不機嫌になり食べなくなります。
わが家のお内仏にお仏飯をお供えし、住職と二人でお念仏を称えます。その時おもちゃに夢中になっていたわが子も不思議そうに止まってその一部始終をながめています。一日一回のまんまんちゃんをわが子にも肌で感じとってもらえるといいなあと思っています。
「きんさんの訃報を聞いて」 (平成12年1月31日)
先日、双子のおばあちゃんで有名な「きんさんぎんさん」の成田きんさんが百七歳で亡くなったという訃報がニュースで流れました。明治、大正、昭和、平成と四つの時代を生き抜いたきんさんの一生は数えきれない程のたくさんの出来事があったこと事でしょうね。
誕生八ヶ月の息子(蓮)を見ながら、「きんさんにもこんな時代があったんだろうなあ」と思うとなんだか不思議な感じがします。百を超えてからでも笑顔を絶やさず、あんなに頭のしっかりしたおばあちゃんでしたがたぶん赤ん坊の時の記憶はあんまり憶えがないでしょうね。おしっこでぬれたおむつを新しいのに変えてもらったり、真夜中でもすぐに温かいミルクを飲ませてもらったり、抱っこしてもらうまでいつまでも泣きやまなかったり、、、。それでも親は一生懸命子どもの面倒をみます。
「親」という字は木の上に立って見ると書きますよね。子どもが遠くへ旅立ち、又無事に帰って来るのを木の上に立って心配そうに見守るという意味が込められているそうです。私が知らない間にそうしてもらったように人間の一生はその繰返しなんだなぁ、と最近ハイハイをし始めた息子を横目で見守りながら子育てを楽しんでいる毎日です。